『徳川ブレンド』

『徳川ブレンド』とは
「家康ブレンド」と「四天王ブレンド」
それぞれ異なる2つのテイストを詰め合わせたドリップバッグコーヒーのセットです。

今回、主に使用したコーヒー豆は
当時に流通していたであろう
エチオピアの原生品種『アラビカ種』
品種改良された豆ではない「原種」にあえてこだわりました。

時代に思いを馳せながら、
ゆっくりと味わっていただきたい珠玉の逸品です。

『家康ブレンド』は、エチオピアの持つ華やかな香りを生かしつつ、優しく軽やかな味わいに仕上げました。

家康ブレンド

「鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス」

若い頃は戦においては短気な一面を見せることもあったという家康。
しかし、同時に培われた忍耐力や慎重さから、天下を統一を果たすことができたと言われています。
また、新しいもの好きで、積極的に外交に力をいれたことは、商業や文化の発展に大きく影響しました。

家臣たちを大事にし、慕われていた家康。
そして、彼の作った艶やかで優美な江戸時代。

『家康ブレンド』は、エチオピアの持つ華やかな香りを生かしつつ、優しく軽やかな味わいに仕上げました。

四天王ブレンド

徳川家康の側近として仕えた「酒井忠次・本多忠勝・榊原康政・井伊直政」の4人の武将。
「徳川四天王」は、この名臣達を顕彰した呼称です。
四天王の知略と武勇なくして、江戸幕府の開設は成しえませんでした。

生涯に亘って忠義を尽くし、家康の覇業である天下統一を見届けた四天王。

『四天王ブレンド』は、エチオピアの持つフルーティな酸味を生かしつつ、どっしりと深みのある味わいに仕上げました。

江戸時代の
コーヒー事情

鎖国前の日本。
豊臣秀吉が始めた朱印船貿易は、徳川家康によって最盛期を迎えました。
この交易により、ヨーロッパや東南アジアなど、各地からたくさんの工芸品や食べ物が日本に持ち込まれていきます。

日本の歴史に「コーヒー」の記述があるのは江戸時代。
その頃、既に世界で「コーヒー」は、カイロやイスタンブールを経てヨーロッパにも伝わり、人気の飲み物となっていました。

徳川家康が重用した西洋人といえば、オランダ人です。
そのオランダ人が、自分たちのために「コーヒー」を持ち込んでいたとしたら、内々に将軍へ献上されていてもおかしくはありません。
そして、徳川家康は「新しいもの好き」なことでも知られていました。

コーヒー豆と
産地について

今回、主に使用したコーヒー豆は
エチオピアの原生品種『アラビカ種』
品種改良が行われる前のオーガニック エチオピア原生品種(フェアトレード)にこだわりました。

農園は、火山灰性土壌で
標高の高いイルガチェフェ地区。
昼夜の寒暖差が激しい環境はコーヒー栽培に適しています。

また、焙煎を行うのは、15年に渡る焙煎経験を積んだベテラン焙煎士です。
温度、湿度、生豆の状態など僅かな差も見極め、丁寧に焙煎しています。上を費やした謹製の逸品です。

オレンジのような明るい甘みが感じられるこのエチオピア豆の特徴をさらに際立たせるため、
調合したのはブラジル豆。
スッキリとした苦みが後味に程よく残ります。

さらに、家康公と四天王勢という異なるイメージを作り上げるため、焙煎具合や配合などを変え、
試行錯誤して味をデザインしました。

完成までに2年以上を費やした謹製の逸品です。

中澤希水

書道家
1978年浜松市出身

書道家の両親の元に生まれ幼少より古典に立脚した伝統的な書を学ぶ。
高校卒業後書の名門、大東文化大学文学部中国文学科を卒業後、書道界の重鎮、成瀬映山氏(1920-2007)に師事

2014年に書道界の芥川賞と言われる第9回手島右卿賞を受賞
2016年、浜松市の親善大使 やらまいか大使就任
2017.5~2019.12芸術新潮巻頭連載寄稿

現在は浜松を拠点に『気韻生動』『Less is more』の精神を念頭に書作品、抽象画を制作。
様々なロゴや題字も手掛け、書道教室も開講し書道の魅力発信につとめる。

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中川希水さんのインスタグラム

書サンプル

販売先

  • 遠鉄マルシェ 新東名高速道路 NEOPASA浜松
  • 珈琲紅茶専門店 トゥルネラパージュ

有限会社エイチツーワイ
〒430-0928 静岡県浜松市中区板屋町628 Y3ビル 2F
TEL 053-528-7890


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